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【遠征系アラサードルヲタ女が語る】SNSとわたし【第1回】

w-inds.を好きになった中学2年生から、13年が経ちました。
どうも、なかだです。

わたしよりもっともっと長い間アーティストさんを応援してこられた方はごまんといるとは思いますが、こんなわたしでも時には「最近は本当に楽になった」「昔はこんなんじゃなかった」と言いたくなることがあります。
アイドル老害、とでも言うとわかりやすいでしょうか。
別にそんなこと言われたって若者からしたら面白いわけでもなく、「へえ、そうなんだ」くらいの反応しかできないのは承知です。
年輩の方はもっともっと、想像もつかないようなヲタク生活を送ってきたことでしょう。ちびまる子ちゃんでしか見たことはありませんが。
それでもアイドル老害にならざるを得ないのが、SNSの世界です。

まずは13年前、当時の我が家にはその更に2年ほど前に購入したCompaq社製のデスクトップパソコンがありました。
OSがWindows98。学校の教室にもまあ似たようなパソコンが各教室に一台あって、今思うととんでもなくくだらないフラッシュ動画が一斉を風靡した時代です。
(「ハゲの歌 フラッシュ動画」で検索してみよう!)
携帯電話はありましたがパケット定額制という概念はなく、インターネット=パソコンでした。
Eメールもパソコンが主流で、ポストペットというメールクライアントが流行ったものです。

そんな中、w-inds.さんの情報収集はある一つのファンサイト様が全てだったと言っても過言ではありません。
未来のグループカラーを見越していたのか、白と水色を基調としたシンプルなデザイン、管理の行き届いた情報管理、マナーの守られた交流スペース。
当時ファンだった方のほとんどはご存知なのではないでしょうか、非常にお世話になりました。
一方では匿名性の高い場にも人が集まり、表裏で掲示板を通じた交流が盛んな時代でした。
当時の公式サイト様は何をしていたのか、あまり記憶はありません。
ネットを通じてやっとファン同士が繋がり始めたこの時代に、アーティスト本人との繋がりなんて想像もしない世界でした。

わたしが高校に進学した2004年4月。
DoCoMoから初のFOMA機種900iシリーズが、AUから初のWIN機種W11シリーズが発売されました。パケット定額制の始まりです。
まだまだ定額制非対応機種の方がメジャーでしたが、甘やかされて育ったわたしはW11Hを買ってもらってめでたくパケット使い放題となったのでした。
DoCoMoの接続サービスはiモードAUの接続サービスはEz webという名前でした。懐かしい)
携帯電話のネット通信が主流になるにつれ、メールマガジンというものが流行します。
今でも楽◯だったりのサービスを利用すると届くことはあるかと思いますが、当時のメルマガはそういった類ではなく一般の配信者が読者に向けて定期的にメール配信するというものでした。
有名な配信スタンドはガールズマガジン(後にスーパーガルマガとスイマガに分かれます)とメルモというものでした。
内容はというと様々で、情報であったり雑談・自作画像・小説などなど配信者が思い思いのマガジンを作っていました。
当時わたし自身も配信者をしていたわけですが、クイズをしてみたり画像を作ったり小説を書いたり手当たり次第だった記憶があります。
同時にモバイルスペース(通称モバスペ)等を利用した携帯サイト作りや「リアル」というTwitterの前身のようなサイト、前略プロフィール等も盛んでした。
ファンはファンの中で様々な文化を開拓し、勝手に発信していたのだと思います。
そして公式サイトさんはというと、月額315円の有料サービスで待受画像や着信メロディなんかを配信しはじめた頃でしょうか。
携帯電話というものはスマートフォンとは違って公式サイトの画像を転送することができないんですよ。
故に今と違って、待受画像にお金を払う価値がありました。
公式サイトさんからも、不定期にメールマガジンが届くことがありました。
調子のいい時は一週間に一度ほど、メンバーからの近況報告のようなメールが届くのです。
龍一くんから金沢港で鯵を10匹ほど釣ったというメールが届いたことは、よく覚えています。
VISION FACTORY携帯サイトさんがその日の情報をメールでお知らせしてくれるようになったのはその数年後でした。

携帯電話の普及でファンから様々な職人が生まれる中、ついにアーティストサイドから新たなSNSサービスがはじまります。
w-inds.さんはとうの昔に辞めてしまいましたが……今でもお馴染みの、ブログです。
携帯サイト内の会員向けサービスから始まり、慶太くんのソロ活動始動の際には当時珍しかったAmebaブログが開設されました。
AmebaにはBLOG OF THE yearという賞があったのですが、その記念すべき第1回(2006年)に、ブログの女王中川翔子さんと共に慶太くんがミュージシャン部門で受賞しています。
開設時にはコメントのフィルター機能がなく、某嫁ヲタの皆様からの洗礼で5000件ほど荒らされたこともありました。
それにしても、ブログというものは実に画期的なサービスで、アーティスト本人(だと思っています)が写真まで付けて近況報告してくれる太っ腹っぷりですよ。
しかもコメント欄があって、もしかしたら自分が綴ったその言葉を、目にしてもらえるかもしれないわけです。
当時は、夏のツアーが終わってから次のリリースまでの3ヶ月間(慶太くんのソロ活動期は他のメンバーは半年近く)どこで何をしているのかわからないということもざらでしたから、ブログの誕生によって定期的に生存確認ができるようになったのです。
何度かブログのタイトルもサービスも変わりながら、アーティストサイドからのSNSによる発信はブログがメインの時代が続きました。

ファンの間での交流はというと、相変わらず掲示板が主流にありつつミクシィというコミュニティサービスが流行していましたが、わたしが利用していなかったので触れないでおきます。

ここからガラリとSNSが変わるのは、スマートフォンの普及に伴うTwitterの流行です。
2010年3月に龍一くんが最初にTwitterを始め、じわりじわりとメンバー3人や周囲の人たちに広がっていきました。
涼平くんのアカウントがなぜかスペースシャワーTVの生放送中にしれっとテロップで発表されたのが懐かしいです。
Twitterのすごい所は、毎日のように、それも1日に何度もメンバーの「今」を知られる所です。
そして、自分が送るリプライがダイレクトに相手に届く。
それまでより圧倒的にアーティストの存在が身近になりました。
ラジオでハガキを読み上げられた時くらいしかもらえなかった本人からのレスポンスが、ある日突然返ってきたりするわけです。
何よりこれまで別々だった、アーティストとファンの交流とファン同士の交流の場が初めて融合したのです。
もちろん便利さ故に、いいことばかりではありません。
例えば、リプライなんてものは返ってこない人の方がずっとずっと多いのです。
一方で2度・3度と返ってくる人も世の中にはいるわけで、当然妬み嫉みの感情も生まれます。
そして、手軽すぎて忘れがちなのが@が付いていようがいまいが、世界に発信したその言葉は誰の目にも触れる可能性があるということです。
わたしが「エゴサ」というものを認識したのは、Da-iCEさんのファンになってからでした。
Da-iCEさんやそこに近いアーティストの皆さんは、リプライはもちろんでそれ以外のツイートもこまめに検索している方が多く、それまでw-inds.さんの世界しか知らなかったわたしから見ると驚きの連続でした。
(と言っても最近は龍一くんもエゴサしてますし、時代はどんどん変わっていますね)
ある時、わたしが友達に向けて色々と良くない話をTwitter上でしていたときに、それをご本人が見ていたということがありました。
詳しくは書きませんが、わたしはその時に初めてSNSというのがどういったものなのか、その恐ろしさを改めて思い知りました。
わたしが友達に向けた言葉や誰に向けてでもなく載せた言葉は、少なからず意図しない誰かしらの目に届いているわけです。
例えばそれがDa-iCEさんの印象を悪くするようなことならば、見た人の受け止め方次第ではせっかくの彼らの頑張りを台無しにしてしまうかもしれない。
こうして書くだけなら綺麗事みたいかもしれませんが、本当にその覚悟をして然るべきだと思っています。
そして昔のわたしは全くもってそんな覚悟をしていなかった。
最近になってやっと、SNSで情報を発信することがどういうことなのかわかった気がします。

色々と怖い面もたくさんありますが、やっぱりファンとアーティストの世界が完全に繋がっているTwitterはすごいなと思います。
周りに引っ張られて、喜んだり悲しんだりします。
友達が発信してくれたものを知って、好きになったりします。
楽しかったこと、嬉しかったことを伝えることができます。
そして伝えたことがしっかりと届いています。
それは10年前からすると革新的に変わった面であり、この環境にとても感謝したいです。

忙しい中で繋がってくれているアーティストの皆様、いつもありがとうございます。


触れにくいテーマについて書くつもりだったのが、なんだかんだでわりと普通な第1回でした。
次回はもう一歩踏み込んで「接触と認知とわたし」にしようと思います。